★ポイント
・時代が必要としていることを掴む
・色々やってみる
・安く仕入れて売る
・人脈
・権力者と会う運
・会ったときに認めてもらえる人間力、ビジネススキル、可愛がられる力
浅野総一郎
浅野財閥を一代で築いた通称セメント王
富山県の医者の家系に生まれるが周囲の反対を押し切って商人になる。
海産物の運搬業、船の遭難で大失敗。
23歳で上京。夏は御茶ノ水の名水に砂糖を混ぜた水売り、冬はおでん屋で資金を作る。
横浜へ移り贈答品の包み紙として使われていた竹の皮の販売、薪や炭を売る薪炭商。
良く働く女中と結婚(2回目)
石炭や薪炭をガス会社に売っていると、産業廃棄物のコークスやコールタールの処分に困っていると知り、安値で買取、セメント製造会社へ売り大儲け。
コレラの消毒薬材料として国の衛生局へコールタールを売却して大儲け。
王子製紙との取引で知り合った渋沢栄一の後押しでお客さんであった官営深川セメント製造所を好条件で払い下げる。
以降、渋沢の助言を元に経営。
コークス運搬のため東洋汽船を立ち上げる。
欧米視察後、港湾の発展度合いに衝撃を受け、東京から横浜にかけての海岸部を工場と一体化した臨海工業地帯へと近代化。当初国の支援は無かったが安田善次郎の出資により神奈川県も支援。
鶴見の埋め立て、浅野造船所(日本鋼管、JFEエンジ、ユニバーサル造船等)
第一次世界大戦特需
鶴見線、水力発電所、サッポロビール、ガラス、
公衆便所を設置して糞尿を肥料として販売


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